ハイビームを照らして真っ暗な山道をひたすら走った。
街灯のない田舎の山道は動物が飛び出してこないかいつも少し不安だ。
私は息子を連れて『ふるさと憩いの家』という場所で開催している星空観望会に向かっていた。
観望会に行く数日前に主催者の草原さんにお話を伺った。
草原さんは星空や蛍の美しい写真を撮るカメラマンだ。
星が美しく見える、つまり夜が真っ暗ないすみ市が気に入って移住し、写真を撮る傍ら星空観望会や星空学校などを主催している。
星空観望会は都会と違う夜の楽しみ方のひとつの提案として始めたという。
小学生向けにはコズミックカレッジという体験教室を開催し、子供へ宇宙の面白さを伝えたいと話していた。
夜の山道をひた走る私の車のハイビームはライトを持った人を照らし出し、その人が駐車場へ誘導してくれた。
よかった、ほんとにここだった、と少しホッとした。
車を降りてすぐ、初めて見る天体望遠鏡に3歳の息子は大喜びしていた。
今までアニメの中でしか見たことがなかったからだ。
もう覗きたくなってその場で跳ねている。
望遠鏡を覗く前に、案内の人が「まず後ろを見てください」と言うので私達は振り帰った。
地面にはくっきりとした私達の影が落ちていた。「これは月が作っている影ですよ」という説明に、いすみに来てからのことを思い出した。
私が育った住宅街には街灯がたくさんあり、夜はいつも明るかった。
月の満ち欠けは見ていたが、明るさを感じたことはなかった。
いすみは街灯が少ない分、月の明るさが夜空で際立つ。日々の月の満ち欠けと空の明るさが連動し、それが地上の明るさと連動する。
満月だと眩しさを感じる程に月は明るく光っていることを私はいすみに住んで初めて知った。
月を見るようにセットされた望遠鏡を息子が覗き「見えた!」と嬉しそう。
何が見えたか聞くと「丸いのがたくさん!」と望遠鏡から離れようとしない。
どいてもらって私も覗いてみる。
片目で覗くので少しコツが必要で、ウインクが苦手な私は片目を手で押さえた。
覗いたら視野全体が月。
クレーターだらけの姿がくっきりと見えた。
予想していた以上にクレーターが大きく、岩のゴロゴロした感じがまで見えて驚いた。
そして眩しい。
そうだった、月はとても明るいのだ。
望遠鏡から目を離し、目を瞬いた。望遠鏡は月を見たものの他に2台あり、特に順番は決まっておらず、各自で好きなのを覗きに行って良いようだった。
隣の望遠鏡では白鳥座のクチバシ部分、アルビレオという星を見せてもらった。
肉眼で見ると1つの星だが、望遠鏡で見ると星が2つあるのが分かる、と解説してもらう。
知らなかった。
宇宙については知らないことだらけだが、その中の些細なことでも知ることができるとなんだか嬉しい。
もう一つは星雲を見るもので、筒の中央部分が無い、初めて見る形の望遠鏡だった。
自動で星を追える高性能なものだそう。
覗くと中央にぼんやりとしたもやもやが見え、それが星雲だということだった。
ボワンとしているので見えたのか見えてないのか自分にもはっきりしなかった。
これは玄人向きな気がする。
途中、星の場所を雲が覆ってしまい見えない時間もありつつ、あっちの望遠鏡、こっちの望遠鏡と行ったり来たりしているうちに終わりの時間になった。
「まだ望遠鏡やりたかったー」と騒ぐ子に、案内の人たちは優しく「次回は土星観察だよ、また来てね」と言ってくれた。
私も既に次回が楽しみになっていた。
帰り道はどこかふわふわしていた。
行き道で感じたような不安や怖さは無く、さっきまで近くに感じていた星の輝きがまだ私の中に残っているようだった。
帰ったら「楽しかった」しか言わないだろう息子に代わって、夫に白鳥座の星アルビレオのことを教えてあげよう。